「芹澤鴨は行方出身にあらず」と言えない事実2


顕彰碑
法眼寺にある芹澤鴨・平間重助・お梅の顕彰碑

今年も芹澤鴨に関する新説が?



 芹澤鴨は本家出身ではないと論じた『新選組局長芹澤鴨(箱根紀千也著・ブイツーソリューション発行)』が出版されて一年が経つ。当時、芹澤鴨が行方出身ではないという新説の登場で、新選組ファンを驚かせたのは記憶に新しい。
 この箱根氏の主張に対して、今年の六月に『茨城史林四〇号(茨城地方史研究会編・筑波書林発行)』に、研究家あさくらゆう氏が論文を掲載している。あさくら氏は、この論文の中で法眼寺の過去帳にあった「玄太」は、「兵太」の読み間違いだったことを認めた。その上で、芹澤美幹(潔)の除籍謄本に記された美幹(潔)の家督相続日から、兵太は芹澤美幹と同一人物だと判断する。したがって、通説で言われていた「芹澤鴨の幼名は玄太」は修正され、「名前不明の貞幹三男が芹澤鴨」になっている。
 このあさくら氏の論文により、「貞幹三男は、兵太である」という箱根紀千也氏の主張は退けられた。
 これに対して箱根氏は、『新選組 水府派の史実捜査(箱根紀千也著・ブイツーソリューション)』を出版し、新しい説を立てて再び芹澤鴨本家出身説を否定する。
 今回は、この箱根氏の最新刊『新選組 水府派の史実捜査』の内容に関しての検討を行い、本当に「芹澤鴨本家出身説」は信憑性の無い仮説なのかを考えてみたい。

箱根氏の新たな主張



 さて、今回の箱根氏の新説とは、家族構成の数え方にある。簡単に言えば、芹沢美幹(潔)が作成した『芹澤家譜』に記載された貞幹の子供達は「三男一女」とあり、これを現代では「長女多気、長男興幹、二男成幹、三男名前不明(通説では芹澤鴨)」と数えるが、幕末期の常陸国では、「長女多気、二男興幹、三男成幹、四男名前不明(通説では芹澤鴨)」という形で、男女混合生まれた順に数えるのだそうだ。
 この数え方に従えば、史料『昭和大礼贈位書類第二冊 故 長谷川庄七(国立公文書館蔵)』にある「常陸國行方郡芹沢村芹澤外記ノ四男」の記述から、長谷川庄七は現代風に言えば貞幹三男にあたる。つまり、これまで名前不明であるが故に、芹澤鴨ではないのかと言われていた貞幹三男は、長谷川庄七と判明したことになるのだ。したがって、貞幹の子供達の中に芹澤鴨の候補となるべき人物は皆無となり、芹澤鴨は芹澤本家出身では無いというのが、今回の箱根氏の主張である。
 本来これは、海老澤正孝氏の研究成果で、その論文『壬申戸籍・宗門人別改帳・芹沢家譜の続柄』は、『茨城の民族55号(茨城民族学会発行)』に掲載された。海老澤氏が箱根氏に研究協力し、自身の研究成果を提供したのだろう。
 さらに箱根氏は「『鹿島郡郷土史』の「芹澤村芹澤外記貞幹の第四子也」、さらには長谷川庄七墓碑に刻まれた「君諱健久通稱庄七本姓芹澤氏考諱外記君其四子也」は、何れも同じ事を表していたのである。筆者は、一番上に長女が居るので「四男」で「四子」は矛盾すると思ったが、そうではなかった(『新選組 水府派の史実捜査』三七頁より抜粋)」と記して、これらを傍証として自説の強化を行った。また、この常陸国の家族構成の数え方が、この地方で一般的であることの傍証として、行方地方の宗門人別帳を示し、この数え方が普通に行われていた根拠としている。
 しかし、この箱根氏の主張には、いくつかの事実誤認がある。
 まず、最初に『鹿島郡郷土史(塙泉嶺著・政教新聞社)』には「芹澤外記貞幹の第四子也」とは書いていない。正確には「芹澤外記の第四子也」で、箱根氏の著書では、勝手に「貞幹」の二文字が追加されてしまっている。なぜ、このような改修が行われたのか疑問だが、ともかく箱根氏の引用が正確ではない。


鹿島郡郷土史
『鹿島郡郷土史』にある長谷川庄七に関する記述


 そして、何よりも芹澤美幹(潔)が作成した『芹澤家譜』の「三男一女」の記述が間違っている。これは研究家あさくら氏からお話しを伺ってわかった事だが、法眼寺の過去帳には「市如貞心善童女」と記された女性がいる。そこには、「芹沢多志見娘」とも記されており、文政四年(一八二一)に死去したこともわかったのだ。
 つまり、貞幹の子供は正確には「三男二女」である。『茨城史林 第四〇号』に掲載されたあさくら氏の論文「芹澤鴨と芹澤家研究について」の中で、あさくら氏作成の家系図に記載された貞幹の子供達の中に、「女(早世)」とある人物が、この文政四年に死去した貞幹の娘だ。
 長谷川庄七の生まれ年は諸説あるが、箱根氏の主張通り庄七が文政七年(一八二四)の生まれだとすると、この死去した貞幹の娘は、庄七が生まれる三年前に死んでいる。生年文政九年説、文政十年説でも同じで、庄七が貞幹の子だとするならば、少なくとも庄七の姉に当たる人物だ。
 つまり、箱根氏が言われる家族構成の数え方を用いるのならば、長谷川庄七は「五男」でなくてはならない。さらに墓碑や『鹿島郡郷土史』の記載にある「第四子」という記述も変である。箱根氏の数え方で考えれば、「第四子」に当たるのは、長谷川庄七以外の誰かであって、庄七は「第五子」になるはずだからだ。
 そこで、この墓碑や『鹿島郡郷土史』に記された「第四子」、『昭和大礼贈位書類第二冊』に記された「四男」の妥当性や信頼性を検討しなければならない。
 まず『昭和大礼贈位書類第二冊』だが、タイトルにもある通り、昭和初期に行われた贈位の申請書類である。この原稿は、昭和初期か大正末頃に書かれたものだろう。また、『鹿島郡郷土史』のおくずけに「昭和二年九月二十日発行」とあるから、やはりこれも大正末から昭和初期に書かれたと私は考えている。箱根氏は「調書は、幕末から維新期にかけて作成された史料に基づいていると考えられる(『新撰組 水府派の史実捜査』三八頁より抜粋)」と言われており、これらの文献が何らかの史料を参考に書かれたことは、私も箱根氏と同意見だ。ところが、『鹿島郡郷土史』も『昭和大礼贈位書類第二冊』も参考史料を明示していないため、いったい何を元に書かれたのか出典が不明である。墓碑に関しても、墓碑が作り替えられたり、文字を掘り直されたりすることはよくあることなので、これを盲信する訳にもいかない。まずは、これらの史料が何を元に記述されたのか、明確にする必要があるだろう。
 現在、この「第四子」という文言は、これらの二次史料からしか確認できない。従って、この文言にどの程度の信頼性や信憑性があるのか、私には判断できなかった。
 なお、文政八年ごろに書かれたとされる『楓軒紀談(国会図書館蔵)』の記述「多治見(家督孫四人)」に関しては、貞幹(外記・多志見)の早世した娘がすでに死去した後に書かれており、生存している孫の数に入れなかっただけと思われる。
 私の結論としては、芹澤外記の「第四子」あるいは芹澤外記の「第四男」の記載がある諸史料が、何を元に書かれたのか不明なため、早世した娘の存在が、単にこれらの記録類から抜け落ちているだけなのかどうか判断することができなかった。そのため、長谷川庄七を芹澤外記貞幹の第四子(あるいは現代風に言えば貞幹三男)と確定することは、まだ時期尚早であり、さらに検討が必要だと思う。
 少なくとも、『昭和大礼贈位書類第二冊』や『鹿島郡郷土史』、墓碑の碑文など、箱根氏が信憑性があるとする史料群の来歴、本源性(何を元に書かれたのか)、史料同士の従属関係(二つ以上の史料が、両方とも同一の史料を参考に作られた兄弟的史料なのか、どちらかが先に作られ、それを参考に後発の史料が作られたのか)を明らかにしなければ、判断できない事柄と考える。
 つまり、この部分が明確でない以上、庄七が芹沢貞幹(外記・多志見)の子と確定することが出来ず、その結果、芹沢清幹(貞幹の父、外記と称した)の子である可能性も残ったままとなる。
芹澤家墓
芹澤家累代のお墓

通説「芹澤鴨本家出身説」の信憑性



 さて、以上箱根氏の主張にしたがって検討してみたが、私の考えでは通説は依然として信憑性が高く、少なくとも芹澤鴨分家出身説へ主流が移ることは考えにくい。なぜかという点について述べたいと思う。
 まず、百歩譲って箱根氏の主張である「長谷川庄七が芹澤貞幹の三男(数え方では四男)」だったと仮定しよう。この場合、箱根氏の言う通り、芹澤鴨に該当する子供が貞幹にはいないということになる。だからこそ箱根氏は、通説の芹澤鴨本家出身説を否定しているわけだ。ところが、貞幹の息子に芹澤鴨に該当する存在がいないというだけでは、芹澤鴨本家出身説は崩れない。
 そもそも、本家出身説のはじまりは永倉新八の『浪士文久報国記事(『新撰組戦場日記(木村幸比古編・PHP研究所)』収録)』に、「水戸芹澤村浪人芹澤鴨実者天狗隊ノ隊長、木村継次申ニハ……」と記載があったことから始まった。実際に芹沢村に芹澤本家が存在し、しかもその家臣に平間重助まで存在していたため、この部分の記述は非常に信憑性が高いと言われている。
 箱根氏は、この『浪士文久報国記事』の信憑性に関して、永倉の回顧談であり『新撰組始末記(西村兼文著)』と同等レベルと考えているようだ。なるほど、両書共に二次史料であり、一般的には裏付けがない記述に関しては、慎重な検討を要する。しかし、『浪士文久報国記事』の芹澤鴨の出身に関する記述は、実際に芹沢村に芹澤本家が存在していた事実があり、裏付けも傍証もない『新撰組始末記』に記された芹澤鴨を犯人とする「大和屋事件」の記述とは、信憑性の点で格段の開きがある。
 こうして芹沢村の芹澤本家が、有力視されてきたのだが、『芹澤家譜』に芹澤鴨あるいは下村嗣次に直結する記述がなく、芹澤鴨は芹澤本家の誰なのかという点において、長く議論の的になっていた。貞幹三男が注目されたのも、単にその正体が不明だったからである。
 一方、研究家あさくらゆう氏は平間重助に注目し、この方面から研究を進めた。
 まず、平間重助が芹沢村に居住していた事実を証明するものとして、菩提寺である法眼寺の過去帳から、平間重助が明治七年に死亡した事実が判明する。また、『除籍謄本』の中に「前戸主亡父平間十助」とあり、十助の後を明治七年十月十三日に平間忠衛門が相続したとの記載も見つかった。
 つまり、重助の死んだ時期と、忠衛門が平間家を相続した時期が完全に一致しており、除籍謄本に書かれた平間十助は、平間重助であることが確認されたのである。
 さらに、十助の母が芹澤家の厄介(家来)になっており、芹沢本家と平間家が強い関係で結び付いていることも判明した。つまり、芹沢本家と平間家は、家族ぐるみの付き合いがある。芹澤鴨が本家出身と仮定した場合、平間重助と幼馴染みか、それと同等の関係だったろうと私は思う。
 この平間家調査の際に書かれ、公的機関などに提出された調査報告書や『除籍謄本』を、私も自分の目で拝見させてもらって確認を行ったので、間違いはないだろう。
 こうして、あさくら氏の調査によって、芹沢村の平間家に平間重助が存在していた事が、ほぼ確実となる。
 この芹沢村の平間重助と、芹澤鴨に付き従った平間重助が、同姓同名の別人ではないのかという疑問が、箱根氏から提起されているが、現在のところ芹沢村の平間重助以外に、新撰組の平間重助の候補は存在しない。同姓同名の別人という仮説を立てたのならば、少なくとも史料的根拠を示して貰わなければ議論ができない。
 もし仮に、芹澤鴨が本家出身ではなく、平間重助も芹沢村出身ではないとするならば、永倉新八が記した「水戸芹澤村浪人芹澤鴨」の記述が宙に浮く。これが間違いだとすると、いったい永倉はどういう間違いをしたのかという話しになる。永倉は、芹沢村へ行ったこともないのだ。行ったことも聞いたこともない村の名前を唐突に出して、しかもその村には本当に芹澤家が存在し、さらにその芹澤家の家臣に平間重助まで存在している。偶然というには、あまりにも不自然と言えよう。
 さらに、史料『鈴木大日記.文久元年四月七日の項』に、「一、下村継次ナル者、潮来松本や遊女色橋と云者を連、村芹沢外記宅ニ潜居いたし候を監府、召捕」という記述から、下村嗣次(芹澤鴨)が芹澤本家で捕縛されており、この事実と合わせて平間重助の存在が、芹澤鴨本家出身説に強いリアリティーを持たせている。
 この点に関して、箱根氏は想像力豊かに、生家を隠れ家とすることは不自然だと説くが、そのような仮説を立てたのならば、それを史料的根拠に基づいて論じて欲しい。想像だけでは水掛け論になってしまう。また『石河明善日記』などの史料に、下村嗣次(芹澤鴨)の生家だと書かれていないことを理由に、芹澤鴨本家出身の可能性を否定することもナンセンスである。なぜなら、記録とは、必ず書き手の主観で書かれるからだ。もし生家ならば、この記録に書くはずだというのは、箱根氏の主観であって記録者の主観ではない。だから、箱根氏が書くべきだと思った事が書かれていなくとも、何も不自然ではない。
 以上前述してきた通り、平間重助の存在と下村嗣次(芹澤鴨)が芹澤本家に潜伏し捕縛されたという事実の二点が、芹澤鴨が本家出身だとする説の主な根拠である。
 したがって、もし仮に貞幹の三男が芹澤鴨ではなく庄七だったとしたら、芹澤鴨の候補は芹澤本家血族に広がる。家譜に記されなかった貞幹の息子が、他にもいた可能性はないのか。或いは、貞幹の兄弟の息子達の中に、芹澤鴨がいるのかもしれないと。
 貞幹の父、清幹は四男五女を生んだという。その子供達の息子すべてが、芹澤鴨候補になる。そもそも芹澤鴨本家出身説は、貞幹の三男が正体不明だったから唱えられていた訳ではない。各種の史料から、芹沢村の芹澤本家出身の可能性が高いと判断されたから、唱えられている説なのだ。
 だから、貞幹の息子達の中に芹澤鴨がいないとなれば、それは貞幹の息子に芹澤鴨がいないというだけの話しでしかない。ましてや、芹澤鴨が水戸藩士芹沢分家の出身とする説の信憑性が、まったく上昇してこない以上、依然として芹澤本家出身説の方が有力と私は考える。
 この検証に関して、史料の提供、多くのご教授を賜った研究家あさくらゆう氏に感謝したい。
平間忠衛門のお墓
平間忠衛門のお墓


(文責:幕末ヤ撃団 梅原義明 2016年12月30日コミケ91で公開配布)
(注:お墓は拝むものであり、見せびらかすものではないという主義ですが、今回はあえて資料として載せています。歴史ファンの皆様も、お墓には敬意を払いましょう)


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