江戸開府400年記念

鉄砲組百人隊



 俺の名はヒイロ……。今日は、2003年9月28日に皆中稲荷神社で行われた鉄砲組百人隊の潜入調査レポートを紹介する。
 この日、江戸開府400年を記念するイベントの一つとして、JR大久保駅とJR新大久保駅の間にある皆中稲荷神社という所で、鉄砲組百人隊の出陣の儀が行われた。今回の任務は、この鉄砲隊を調査する事だ……。



 神社の前で隊列を組もうとしている鉄砲組だ。赤備え鎧を着ている目付の前で、同心達が隊列を組んでいる。二枚目の写真は、同心達の背後から取ったものだ。黒いだんご状の帯を肩から下げているが、あれは「うちかい袋」と言って、おにぎりや兵糧を包んでねじり、包んでねじっていった戦国時代のベルトポーチみたいなものだ。使い終われば、風呂敷にもなり畳んでしまえば荷物にもならない優れた装備品なのだ。三枚目は、女武者の集団だ。




 「後物見」と書かれた武者さんたちの一団だ。腕に巻いてある電話コードの様な物が「火縄」だ。これが無くては鉄砲が撃てない。


 この男が鉄砲組の組頭だ。いわば指揮官、つまり武士だ。同心も武士には違いないが、足軽と同等の下級武士だ。鉄砲は下級武士の武器であり、彼ら歴とした武士は、弓槍で戦う事を好む。これがあだとなり、幕末戊辰戦争では高性能な洋銃を武士が持ちたがらず、結局江戸幕府は、農民や町民、下級武士を集めて幕府歩兵隊を作っている。倒幕派の長州も同じで、長州内戦のおりに藩の砲術指南役が指揮するエリート和式砲術部隊が百姓町民、そして下級武士によって編制された奇兵隊と交戦したが、雨が降った途端に戦闘力が0になり、戦わずして敗退している。この事実は忘れてはいけない。



 鉄砲隊は神社を出発し、町内を練り歩き、所々で停止して模擬射撃(空砲)を撃ってメイン会場である野球場に向かう。





 射撃の一連の動作を撮影した。一枚目の小さな写真は、腰の胴乱(ベルトポーチの様な物で、弾や早合を入れている。)から、弾を出し、口で弾を包んだ紙を切って弾込めをしている所だ。ちょっと写真がブレてしまった。二枚目は、弾込め作業をしている。後ろの人物は、火縄の火が消えないように、そして火縄の先端に溜まっている不要な灰を落とすために息を吹きかけている。手前の人物は、弾を銃身内に入れ、突き固めている所だ。三枚目では、弾込め作業が終わり、火縄をセットしている所だ。



 鉄砲隊が野球場に到着した所だ。ホラ貝を吹き鳴らし、太鼓の音と共に威風堂々と行進する。戦国時代では、こうして自らを誇示しながら行軍した。くどいようだが、幕末時代では、この行軍すら敵軍に自軍の位置を教えてしまうという致命的な失点であり、四境戦争の時には、戦国時代の様に進軍してきた幕府軍が完全敗北している。この後、野球場では各種の射撃ポーズで射撃実演した。



 イベントが終わった後で、隙を見て同心の方に頼んで胴乱の中身を見せて貰った。すでに撃ち尽くして空っぽになっている。二枚目は、火縄銃のカラクリをアップで撮影した。
 これで調査を終わる。なお、少々辛口評価であったが、HPが幕末戊辰という事で許して欲しい。戦国時代では、彼らこそ最新鋭装備の部隊であり、織田鉄砲隊が武田騎馬隊を完膚無きまでに壊滅させている。そして、鉄砲は戦国日本において最も重要な兵器となり、世界でもトップレベルの装備率になっている。西洋に負けない程火力重視だったのだ。和式砲術は、古武術同様に流派があり伝統秘伝の技である。その技を今後も残していって欲しいと切に願う。


 任務完了……。

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